REPORT
活動レポート
「今ではこの町で暮らしたいと思っているんですよね」(前編)
「もう家族の誰も生きていないし。どこで住もうが私は変わらないから。でも、今ではこの町で暮らしたいと思っているんですよね。」
テーブルを囲み、温かい料理を前にして顔なじみの参加者同士の冗談に場が和みます。その輪の中でAさんも穏やかな表情で会話をしています。かつて深い孤立の中にいた面影は薄れ、今は誰かと食事をしながら、共に過ごす時間を楽しんでいるように見えました。
「あの頃は、死にたくなる気持ちが毎日のように押し寄せてきました」。心療内科の受診に同行した日の車中、病院までの見慣れた景色を眺めながら、助手席に座るAさんは言いました。借金の相談で窓口に来られてから一年が経ち、今では失敗談を照れくさそうに話し、冗談を言って笑顔を見せることも増えていました。信号で車が止まり、駐車場が近づいたころ、Aさんはつぶやくように言いました。「最近になって、今までうまくいかなかったことは、全部仕方なかったんだと思えるようになりました」。

現在50代のAさんは、いわゆる就職氷河期世代です。大学卒業時、厳しい雇用状況の中で就職活動を行いましたが、内定を得られないまま卒業を迎えました。小学生から中学卒業まで続いたいじめの経験から他人への恐怖心が強く、悩みを相談できる友人はいませんでした。共働きで多忙な両親に迷惑をかけたくないという思いから、家庭内でも不安や悩みを打ち明けられず、常に居場所のなさを感じていました。
手当たり次第に求人を探す中で始めた宿泊業のアルバイトは、大学で学んだ専攻分野とは無関係でしたが、経営拡大に伴い正社員登用の話が持ち上がります。勤務のため知らない土地で一人暮らしを始めたAさんを待っていたのは、十分な研修期間のない、過酷な労働環境です。早朝から深夜までの長時間労働に加え、質問をすれば突き放され、数日で一人立ちを強いられました。数分の休憩すら取れない中、休憩室からは談笑する同僚の声が聞こえてきます。帰宅は23時。家に帰ればひとりぼっちで、どこにも相談相手の居ないAさんのストレスを癒してくれるのは、オンラインショッピングです。まだ20代前半当時、Aさんが消費者金融を使うようになったのは、この頃でした。数か月が経ち、繰り返される毎日に我慢の限界を感じて長時間労働や同僚からのパワハラについて本社に相談したものの、返ってきたのは非情な言葉の数々でした。半ば強引に退職し、その後はカーテンを閉め切った暗い部屋で眠り続け、繰り返し襲ってくる死にたい気持ちに耐える日々が続きました。
数か月後、非正規の事務職に就き、少しずつ生活を立て直していた頃、職場に出入りしていた男性と知り合います。業務上の短いやり取りを重ねるうちに、次第に言葉を交わす時間が増え、交際ののち結婚に至ります。今後は夫の収入があるという安心感から、借金への危機感は薄れていきました。念願のマイホームを購入し、ようやく安定した生活が始まると思っていました。

Aさんが同じ職場で働き続けることができる期間は、長くても半年から一年程度でした。学生時代にいじめを受けた経験から、他人との関係を築くことがどうしても苦手だったためです。結婚をして7年目、母が難病を患い、Aさんは仕事を辞めて介護を担います。母の看護と家事、深夜に帰宅する夫の世話に追われ、自分自身の身の回りのことさえできなくなっていきました。心が麻痺していく自覚はありましたが、唯一続いたのはオンラインショッピングでした。母を亡くした後、生活はさらに崩れます。いつの間にか夫がリストラされ、多額の借金を抱えていたことが判明し、夫婦関係は破綻しました。離婚後、父の援助で安いアパートへ転居しますが、元夫はほどなく病気で亡くなります。再就職先では再びパワハラを受け、うつ状態の中で働き続ける日々が続きました。その後、唯一の家族であった父も亡くなります。
こうしてAさんは、この町で完全にひとりになりました。
追い詰められた末、Aさんは勇気を出して相談に来られたのです。
なぜ、このような状況に至ったのでしょうか。
これは、Aさんだけに起きた特別な出来事なのでしょうか。
生活相談担当 古川 拓海
