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REPORT

認知症高齢者の生活問題

「自分の介護が良くないから、夫が歩けなくなってしまった」介護者が抱える葛藤

私たちは、認知症専門のデイサービスセンターを運営しています。認知症の症状が進行し、デイサービスの利用に不安や抵抗がある方、自宅に戻りたい気持ちが強い方などを受け入れながら、認知症の方が安心して在宅生活を続けられるよう、日常生活に関する相談に対応しています。認知症の方を支えるためには、本人だけを支えるだけでなく、その方に関わる家族を支えることも大切です。

「うちの人が歩けなくなってしまったんです。歩けないと、デイサービスには通えないんでしょうか…これからどうしたらいいんですか。」

Aさんは受話器の向こうで、夫の現状への戸惑いと今後の生活への不安、そして自分を責める気持ちを、涙ながらに訴えてこられました。

Aさんは、エレベーターのない集合住宅の2階で、夫と二人で暮らしています。8年前、夫に認知症の症状がみられるようになってから、一人で介護を担うことに不安を感じ、介護保険を申請し、デイサービスの利用を始めました。

しかし、初めて利用したデイサービスでは、帰宅後に不機嫌な様子が続きました。認知症の進行により言葉は出にくくなっていたものの、「あそこには行きたくない」と強い拒否を示すことが何度もありました。そのうち慣れてくれるだろうと3か月ほど通いましたが、夫のいら立ちや荒々しい言動はむしろ強くなっていきました。

Aさんは息子に相談し、インターネットで介護に関する情報を調べてもらい、認知症専門デイサービスセンター「けやきの家」の利用を始めました。

夫は、けやきの家の雰囲気に少しずつ馴染み、穏やかな表情で過ごせるようになり、楽しみながら通うことができるようになりました。

Aさんは、夫の生き生きとした様子を見て安心し、サービス利用中は家事をしたり、自分に必要な買い物に出かけたり、ほっと一息つく時間を持てるようになりました。そうした時間に支えられながら、在宅での介護生活を続けてこられたのです。

しかし、夫の認知症が進行するにつれて、Aさんの介護負担は少しずつ大きくなっていきました。

夫は昼夜を問わず、家のあちこちで排尿を繰り返すようになり、そのたびにAさんは片づけに追われるようになりました。さらに、Aさんに対して強い拒否的な反応がみられることも増え、Aさんは精神的にも身体的にも疲れ切っていきました。表情も次第に暗くなり、在宅介護の限界が近づいていることがうかがえるようになっていきました。

ケアマネジャーも、「ご主人の施設入所について検討していきましょう」と提案しましたが、Aさんは「自分にできる限りは、自宅で夫との生活を続けたい」という思いが強く、施設入所には否定的でした。

このままではAさんも夫も共倒れになってしまうかもしれない――そう感じたケアマネジャーは、Aさんの休息と、夫の状態が少しでも落ち着くことを願って、様々なサービスの利用を提案し、Aさんも介護サービスを利用しながらなんとか夫の介護を続けていました。

しかし夫の認知機能と身体能力の低下は進行し、歩行が難しい状態になってしまいました。

Aさんは、「自分の介護が良くないから、夫が歩けなくなってしまった」「夫は体格も大きい。歩けないと2階の家から外に出ることもできないし、楽しみにしていたデイサービスにも通えなくなってしまう」「自分がもっとしっかり支えていれば、こんなことにはならなかったのではないか」と、自身を強く責めるようになりました。今後の生活への不安も重なり、気持ちは大きく揺れ、パニックに近い状態に陥っていました。

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その頃から、Aさんは時折、涙声でけやきの家に電話をくださるようになりました。私たちは、まずAさんのつらさや葛藤の言葉をそのまま受け止め、気持ちを丁寧に聴くことを大切にしました。「Aさんがひとりで抱え込まなくてよいこと」「今感じている不安や迷いは、介護を続けてきたからこそ生まれる自然な思いであること」を繰り返しお伝えしながら、必要に応じてケアマネジャーや関係機関とも連携し、今後の生活の見通しを一緒に考えていきました。

在宅で介護をしている家族は、日々、介護を受ける人の体調や様子の変化に気を張っています。そのため、「体調が悪くなったのは、自分の介護の仕方や対応がいけなかったのではないか」と、自分を責めてしまうことが少なくありません。サービスを利用していても、自宅では二人きりになる時間が長く、疲労が積み重なって、介護を続けることが難しくなったり、思わずきつい言い方をしてしまったりすることもあります。そうしたあとに、「本当はもっと優しくしたいのに、できなかった」と、さらに深く傷ついてしまいます。離れて暮らす家族から、「頑張りすぎだよ」「もっと介護サービスを使って休んだほうがいいよ」と気遣う言葉をかけられても、介護を担う人の複雑な葛藤まではなかなか伝わりません。「何かあったら相談してね。できることはやるよ」と言われても、「あの子にはあの子の生活があるから」と遠慮してしまい、かえって孤立を深めてしまうこともあります。

Aさんもまた、当初は「自分の苦しさを人に話しても仕方がない」と話しておられましたが、けやきの家からお誘いし、少しずつ認知症カフェにも参加されるようになりました。認知症カフェでは、同じように家族を介護している方や、かつて介護を経験した方が、本人の思いや介護者のつらさに自然に共感しながら話を聴いてくれます。Aさんは、自分だけが苦しいのではないこと、自分の中にある後悔や不安といった気持ちを否定しなくてよいことを、少しずつ実感されていきました。

参加を重ねるうちに、Aさんの表情は以前よりやわらぎ、「同じ立場の人と話すと気持ちが軽くなる」と話されるようになりました。また、カフェで知り合った介護者同士のつながりの中で、日常のちょっとした困りごとを話したり、時には一緒に食事や喫茶に出かけたりする関係も生まれ、Aさんにとって新たな支えになっていきました。

私たちが取り組む「認知症カフェ」では、認知症の方のご家族やご本人など、毎回20名以上が参加されています。そこでは、介護経験者が自らの体験をもとに介護者の不安や葛藤に共感し、寄り添いながら話を聴いてくれます。共感してもらえる人や場所があることで、介護者は不安や葛藤を少しずつ言葉にできるようになり、孤独感がやわらいでいきます。さらに、認知症カフェで出会った方同士の間に新たなつながりが生まれ、日常の支え合いへと広がっていくことも少なくありません。

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在宅で家族を介護することは、一見すると当たり前のことのように受け止められ、介護が必要な人にばかり関心が向けられてしまうことがあります。しかし、在宅介護は、介護者の心身の安定があってこそ成り立つものです。介護を受けている方の「できる限り住み慣れた自宅で暮らしたい」という願いと、介護者の「できる限り自宅で生活を支えたい」という思いの両方を実現していくためには、介護者への支援が欠かせません。

私たちはこれからも、介護者一人ひとりの思いや葛藤に寄り添う視点を忘れず、認知症の方とその家族が、地域の中で安心して暮らし続けられるよう支えていきたいと考えています。

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