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REPORT

若年性認知症の人の社会的役割

「俺はまだまだ働ける」 元プロドライバーAさんが見つけた、認知症と共に生きる新たな“職場”

東北弁を話すAさんは、元ハイヤー運転手です。 「俺の運転は格が違うよ。前に働いていた会社では、お客さんからNo.1の指名が入ったもんでな」 そう誇らしげに語ります。

高校卒業後、いくつかの職を経てたどり着いたのが運転の仕事でした。大手企業の社長からも信頼され、「Aの運転なら安心だ」と言われていたそうです。都内の道を覚えるために自作の地図を作り、渋滞を避けるため時間帯ごとの混雑状況を調べ、実際に何度も走って確認しました。また、大企業の役員と円滑に会話できるよう、空き時間には新聞や書籍を読み、知識を深めていたといいます。

「周りの運転手からは、なんでそんなに指名が入るんだって聞かれるけど、特別なことはしていないよ。丁寧に対応しているだけなんだ。陰で努力はしたけどね」 そう語るAさんは、仕事に対して非常に熱心な方でした。

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しかし50代後半、Aさんに認知症の症状が現れ始めます。 会社から「時間を間違えることが増えた」と指摘されても、Aさん自身は「事故もないし、大きなトラブルもない。多少の間違いは誰にでもある」と納得できません。控えの運転手に回されることに不満を抱き、「俺の運転は今でも誰にも負けない。ここじゃなくてもまだ働ける」と、58歳で自ら退職を決意しました。

その後、ハローワークで職を探し、いくつか再就職もしましたが長続きしません。Aさんは「すぐに解雇されるのは会社側の問題で、自分には問題はない」と考えていました。しかし担当者は、同じ質問を繰り返す様子や転職の多さに不安を感じ、埼玉県若年性認知症サポートセンターへ相談。市の認知症初期支援チームや地域包括支援センターが介入し、病院受診の結果「若年性アルツハイマー型認知症」と診断されました。Aさんは「若い自分が認知症なんて何かの間違いだ。薬の副作用で少し物忘れがあるだけだ」と受け入れられません。しかし、忘れることへの自覚、働けない焦り、金銭面の不安がAさんを苦しめていました。

地域包括支援センターの担当者と軽作業が出来る職場を見学しましたが、「ここで働くのは俺のプライドが許さない」と拒否。行き場を失ったAさんに紹介されたのが、私たちが運営する若年性認知症の方を対象としたデイサービスセンター「けやきの家」でした。

けやきの家では、利用者同士が協力しながら野菜販売やこども食堂の運営、庭木の手入れなどを行い、工賃を得ています。同年代の男性が数名いたこともあり、Aさんはすぐに馴染み、活動を始めました。Aさんにとってここは「通所」ではなく「働く場所」です。

初日は筍掘りでした。田舎育ちで体力のあるAさんは次々と筍を掘り、難しいとされるきれいに掘る作業も見事にこなしました。「Aさんすごいね、頼もしいね」と周囲から声がかかり、Aさんは「俺は時々物忘れがあるけど深刻じゃない。まだまだ働ける。なんでも言ってくれ」と笑顔を見せました。

通い始めて3か月ほど経った頃、利用者家族から「隣家の車に木の枝が垂れ下がって困っている」と相談がありました。Aさんに話すと「任せてくれ」と現場へ駆けつけます。2メートル以上の木に塀から登ってのこぎりを入れ、次々と枝を落としていきます。「もう十分ですよ」と私が声をかけても、「せっかく来たんだから、もう少しきれいにしよう」と草まできれいに刈ってくれました。住人からの感謝の言葉に、Aさんは満足そうな表情を浮かべていました。

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一人暮らしのAさんは、月8万円の障害年金で生活しています。家事や金銭管理も自分で行わなければなりません。年金だけでは生活が成り立たず、預貯金を切り崩していましたが、数百万円あった貯金が数か月で大きく減っていきました。何に使ったのか尋ねても「無駄遣いはしていない」と言うばかり。生活の立て直しを話し合おうとしても、過去の武勇伝や会社への不満を繰り返し、話が進みません。認知症で物忘れをする自分、支援を受けなければならない自分を直視したくないのです。

そんなある日、近隣市町村から住民向け認知症講座の依頼がありました。認知症当事者の気持ちを伝えるため、Aさんに講演の一部をお願いすることにしました。勝気なAさんが弱い自分を語ることを嫌がるかもしれないと思いましたが、「話すのは好きだし、お金をもらえるならやってもいいよ」と快諾してくれました。

講演当日、大勢の住民を前に「緊張するなぁ」と何度もトイレに立つAさん。しかし始まると、若い頃の話、認知症と診断された時の気持ち、今の楽しみや困りごとを流暢に語りました。「今困っているのは、お金と、どこかパァーっと飲みに行きたいってことかな」と笑いを誘い、会場は和やかな雰囲気に包まれました。講演後には大きな拍手が起こり、涙ぐむ参加者もいました。Aさんは照れながらも「またこういうのがあればやってもいいかな」と嬉しそうに話していました。

認知症と向き合いながら、けやきの家で活動を続けるAさん。誰かに必要とされ、役に立ちたいという気持ちは今も変わりません。一人暮らしの若年性認知症の方は増えており、役所の手続き、金銭管理、病院受診、家事、家電の買い替えや携帯電話の操作など、日常生活の困りごとは多岐にわたります。忘れることがあっても、Aさんのように働き、活躍できる社会を目指し、私たちも丁寧に支援していきたいと思います。

介護保険事業管理者 内城一人

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