STAFF REPORT
活動の現場からスタッフレポート
「私を突き動かす理由」
このレポートを書いた人
子どもの貧困対策・生活困窮者支援担当(令和6年2月入職)
古川 拓海(社会福祉士)
小学生の頃に両親が離婚し、私が高校 1 年生のときに母が再婚するまでの間、母子家庭で育ちました。子ども時代を幸せに過ごせたのは、いつでも外の世界に連れ出してくれた友 人やご近所の方々、朝早くから夜まで働き、生活を支えてくれた家族のおかげです。人に支えられて生きてきた私も誰かにとっての支えのひとつでありたいと思い、福祉の道を志し ました。大学の卒業とともに社会福祉士の資格を取得し、福祉業界で 8 年勤務。もっとひとりひとりの気持ちに寄り添い、困っている人のために私にも出来ることはないだろうかと 考えていたところ、子どもからお年寄り、十人十色の困りごとの解決のために奔走する三芳町社会福祉協議会の理念に共感し、令和 6 年 2 月に入職しました。
はじめに
私は生活に困りごとを抱える方々の貧困対策を担当しています。前職の特別養護老人ホームでは施設で暮らす利用者がその人生を終えるまでを、デイサービスでは住み慣れた我が家で在宅生活を望む人の暮らしを支えておりました。現職では、貧困に起因した苦しい環境で生活を送っている方々をサポートしています。
A さんとの出会い
私たちは無料の学習教室を町内で運営しています。私はその内のひとつの教室の担当になりました。子どもたちが食べる晩ごはんの買い出しや調理、勉強の見守りをしています。子どもたちはみんな、ごはんを楽しみにお腹をすかせてやってきます。給食で食べたメニューと同じでがっかりしないように、町内の給食カレンダーを確認してからスーパーをまわります。私が「今日のご飯に実は苦手な野菜が入っていたんだよ」って伝えた時の子どものポカンとした顔と「でも食べちゃった」と照れくさそうにしていた様子を思い浮かべながら買い物をしています。
教室には現在、シングル家庭の世帯や、経済的な理由から学習塾に行けない子どもたちと、一緒に勉強したり遊んだりするボランティアの学習スタッフがいます。学年も、通っている学校も、スタッフの世代もバラバラです。それでも分け隔てなく流行りのアニメや学校での出来事を話したり、あともう少しで解けそうな宿題をしかめっ面で見せ合いっこします。時には自分たちの家族の、胸の深くにあるような、普段ならなかなか他人には言えないような悩み事を話すこともあります。通っている子のお母さんお父さん、おじいちゃんやおばあちゃんに近い年代のスタッフと子どもたちが、お互い肩の力を抜いて隣にいる様子は、まるでひとつの家族を見ているようです。そして私はこの学習教室で、目を合わせてくれず、会話もぽつりぽつりとしかしてくれない小学生の女の子 A さんと出会います。
A さんと出会ってから 2 か月。
「こんばんは」「いただきます」「ごちそうさまでした」
なんとか挨拶なら交わすことができるようになりましたが、前任から引き継いで担当になったばかりの私にまだ慣れない様子です。もともと顔なじみのスタッフとは楽しそうにお話をしていますが、私とは目を合わせてくれません。私は A さんが持っている文房具に書かれたアニメや流行りごとを調べて、なんとか会話のきっかけを作ろうとしていました。でも、それが A さんのしてほしいことなのかどうか分かりません。私は A さんとの距離感を推しはかれないまま、これといったアプローチが出来ずにいました。
ある日 A さんは、別のスタッフと、6 月にある運動会に向けて学校で頑張っている練習の話をしていました。身振り手振りで運動会の説明をしている様子をキッチンから見ながら、私は A さんと同じ学校に通う B さんから声をかけられた一週間前のことを思い返していました。


※子どもたちと一緒につくった誕生日ケーキ
運動会への招待
「来週の土曜日に運動会があるの。もしよかったら観に来てほしいな」
教室とは別に、私が担当している子ども食堂で晩ごはんを食べに来た B さんが運動会の招待をしに来てくれました。「ありがとう、応援しに行くね!」と約束すると、B さんは嬉しそうにバレエのようにくるくるとまわって、鼻歌を歌いながらお母さんと一緒にお家に帰っていきました。運動会に行けば誘ってくれた B さんだけでなく、A さんにも会えるかもしれない。何とか話をするきっかけにしないと。運動会までまだ何日もあるのにそわそわしながら、当日の天気を祈っていました。
青々と晴れ、声援で揺れる土曜日の校庭は、肩がぶつからずには歩けないほどの人で賑わっていました。慎重に進んでいくと校門から歩いてすぐの応援席から B さんを見つけました。後ろからそっと名前を呼ぶと振り返ってぱっと笑顔に、でもちょっと照れくさいのか頭に巻いている青いはちまきを直しながらぷいっとすぐに前を向いてしまいました。それでも時々振り返りながら、私がまだ居るかどうかが気になるようです。
一方 A さんがどこにいるのか分からず、時間ばかりが過ぎていきます。プログラムは予定していた時間よりもとんとんと進み、会場の熱が冷めないままついに最後の種目が終わりました。このまま一度も会えずに帰ることになるのではないか。自然と小走りになっている自分に気がつき、余計に焦ります。すると、応援席から遠く離れた 校舎に戻る子どもたちの列の中にはっきりと A さんを見つけました。もし、振り返ってくれなかったらどうしよう。勝手に会いに来たのは迷惑だっただろうか。
ここまで来て情けなく考えてしまいます。ただ張り上げればいいだけなのに声が出ず、それ
でもどうか A さんまで届くように、名前を呼んで手を振りました。
ちゃんと目が合ったのは初めてでした。
私に気がついた A さんは笑顔で何度も手を振り返します。子どもたちの列が遠ざかっていく中、A さんは姿が見えなくなるまで振り返りながら 何度も何度も大きく手を振っていました。私は やっと A さんと向き合えたのだと感じました。
「こんばんは!」「ただいま!」
教室で晩ごはんの準備をしていると、子どもたちはいつも通りキッチンにいる私に「今日は何ごはんかな!」と必ず聞いてきます。今日がいつもと違うのは、その中に A さんもいること。A さんはカバンから宿題を出す前に真っ先に私のところに来て「ちょっとこっちに来て」と私を教室の隅に呼び出しました。私は初めての様子に戸惑いながらも、もじもじしている A さんに「どうしたの?」と聞くと「運動会に来てくれてどうもありがとう」と言いました。「こちらこそありがとう 」と伝えると、A さんは笑いながら席に戻っていつものように宿題に取りかかりました。運動会で初めて目があったときのこと、今 A さんからもらった言葉に心が溢れそうになりました。
子どもたちが教室にくる時間はいつも賑やかです。「今日のご飯なに?今日こそ唐揚げつくってよね!」A さんたちはいつも通り元気よく私に話しかけてくれます。
子どもたちの元気な声が今日も私を突き動かしています。
三芳町社協 古川 拓海
